イベント内容
郷土の偉人「義農作兵衛」の遺徳をしのび、義農祭を開催します。
義農神社で式典、松前公園でふる里市(特産品等の販売)、小学生による義農太鼓などの演芸を予定しています。
※雨天の場合は、義農太鼓等のステージイベントは中止します。松前公園体育館1階でふる里市を10時30分から、餅配りを11時から行います。
義農神社で式典、松前公園でふる里市(特産品等の販売)、小学生による義農太鼓などの演芸を予定しています。
※雨天の場合は、義農太鼓等のステージイベントは中止します。松前公園体育館1階でふる里市を10時30分から、餅配りを11時から行います。
いわれ・開催趣旨
義農作兵衛(1688~1732)
義農作兵衛は、松山藩筒井村(現松前町筒井)の貧しい農家に生まれました。
1732年享保の大飢饉の時、人々は食べるものもなく、餓死者が続出しました。こうした中で作兵衛は、「農は国の本、種子は農の基。一粒の種子が来年には百粒にも千粒にもなる。僅かの日生きる自分が食してしまって、どうして来年の種子ができるか。身を犠牲にして幾百人の命を救うことができたら私の本望である。」と、麦種一粒食することなく亡くなりました。
村人たちは、作兵衛が残した麦種を分け合ってまき、翌年は豊作になりました。以降義農作兵衛の志は、「義農精神」として、脈々と受け継がれています。
義農作兵衛は、松山藩筒井村(現松前町筒井)の貧しい農家に生まれました。
1732年享保の大飢饉の時、人々は食べるものもなく、餓死者が続出しました。こうした中で作兵衛は、「農は国の本、種子は農の基。一粒の種子が来年には百粒にも千粒にもなる。僅かの日生きる自分が食してしまって、どうして来年の種子ができるか。身を犠牲にして幾百人の命を救うことができたら私の本望である。」と、麦種一粒食することなく亡くなりました。
村人たちは、作兵衛が残した麦種を分け合ってまき、翌年は豊作になりました。以降義農作兵衛の志は、「義農精神」として、脈々と受け継がれています。
イベント概要
- イベント名
- 令和8年度 義農祭
- 開催日時
- 4月23日(木)
- 開催場所
- 義農神社 ほか








